レジリエンススキル「強み」

レジリエンススキル、今日のテーマは「強み」。

 

 震災のあった2011年秋に、最初の心のケアに関する研修会に参加しました。その時に外国のトレーナーから問われたことが今も心に残っています。


 「あまりにも多くのものを失ってしまったが、それでも残されているもの(強み)は何ですか?」と。


 切られた木と、残った切り株を比喩に話してくれたことを覚えています。


 その時点では心の整理がついておらず、自分の中にすっと入ることはありませんでした。


 が、「震災後の被災地の復興」を様々な場で見てきた今、強みが回復に役立つ実感が確かにあり、その言葉の意味に納得しています。


 立ち直るきっかけは

「もともと自分たちの中にあるもの」

「いつもやっていること、やっていたこと」「自分の得意なこと、好きなこと」

の中にあるということを。
 
大きな災害が起き、自分自身について見つめ直す機会を与えられた際に、指針を与えてくれたのが自分自身の「強み」だったのだと思います。

「自分自身を知ること」
「好きなこと・得意なことで無理なく貢献していくこと」
 
 「強み」は、継続性のある支援活動にもつながる、大事なキーワードのような気がしています。

レジリエンススキル「癒しあう関係」

レジリエンススキル、今日のテーマは「癒し合う関係」。

 

「支援に来た私たちのほうが元気をもらいました。」

被災地ボランティアに来た方々が口々に言っていた言葉です。
若干のニュアンスの違いはあれど、多くの方々が同じような言葉を発していたように思います。


 誰かのために何かをすることが自分のケアにもつながる。

癒すつもりが癒されている。

そんな関係が確かに存在していたように思います。

 

 災害が起きいったん支援を受ける側に身を置いてしまうと、「自分には何もできない」「お返しできず支援を受けるばかりで申し訳ない」という心境になってしまう方がいたと思います。


 ただ、上記のように実は被災した本人にはその自覚がなくても、支援者に対して与えていたものがあったのではないかと思うのです。

 

 被災地では被災前の生活に比べ、日常がある有難さ、人の優しさ、たくましさをより感じる場所となり、そのことが訪れる人たちの心を動かしたのではないかと思います。
もちろんその中には、ひたむきにその場所で生きる人たちの姿がありました。

 

何かをしてもらうことに対して、特別な何かで恩返しをしなくていい、今そこで生活しているだけで十分いろいろなものを与えている。

 もしそう思えたら、被災した人たちの気持ちも少し楽になるような気がします。

 

支援者に関わらず、被災者であっても自身のケアのために自分のできる範囲で構わないので誰かのために何かをする。

そのことが自身の癒しのために大切なことであると思います。

レジリエンススキル「今ここ」

レジリエンススキル〜今ここ〜」

 震災からまもなく6年。

こころの回復について自分の体験したこと、感じたこと、考えていることを投稿します。

(以前facebookで投稿したもの)


 災害時に限らず、逆境に立たされた時に、こころをどう回復させていくかの一つの事例となれば幸いです。

 

 震災後、失った過去(物・人・故郷・思い出)に思いを巡らせる日々が続きました。
 それと同時に、「この先どうなってしまうのだろう」という未来への暗然とした不安が心を覆っていました。
 気持ちが過去と未来の間を行き来し、ただただ不安な毎日を過ごしていたのを覚えています。
 人と話をすると、ついつい言葉に出てくるのはその不安感。話をすること自体はケアのために必要なことですが、繰り返しになるとそれはそれでお互いにとってしんどい時もありました。

 

 ある仮設住宅の集会所での話しです。

 その仮設集会所でも、大変な喪失感を持った方々が自分の思いを友人やボランティアの方々に打ち明ける光景が見られました。
 そうした状況の中で、ある取組みが始められました。主にお母さん方でしたが、震災によって使えなくなった漁網を使って、ミサンガを作り始めたのです。
 作業に集中している間は、震災の話も、先の見えない未来への不安もほんの一時忘れる時間になったといいます。
 また、「ここ、なじょすんの?」「こうすんだっちゃ!」など、作業をしているからこそ生まれる何気ない会話に笑い声が生まれたり、人との関係が生まれたりすることもありました。
 

 災害があってから大切なのは、できるだけ早く非常事態・非日常生活から日常生活へシフトチェンジすること。


 そのための一つの方法は、日常的に夢中になっているもの、好きなことに没頭すること(今ここを感じる)ではないかと思います。

それは何も特別なものではなくていいと思います。(読書、ジョギング、手芸、料理etc・・・)

 

 日常的にしているもの・好きなことをして、「今ここ」に没頭すること。
見方を変えると、それ自体が自分の心を回復へ向かわせるレジリエンススキルとなっている、そう感じています。

アイスブレイク雑感①

ワークショップの最初に導入する活動をアイスブレイクと呼んでいます。

しかし、このアイスブレイクが時と場合によってはアイスメイクになることも。

 

ワークショップの冒頭に2、3アクティビティすれば、とりあえずアイスブレイクになるという誤解があるような気がしています。

(4月頭だけに学級づくりとして使われるパターンも同じ)

 

しかし、そんなことは当然なく、(まれにはあると思いますが)その時々の様子を見ながらその時に相応しい活動を選ぶことで、徐々にブレイクしていくものなのです。

だから、むしろアイスブレイクはワークショップの間中ずっと行われている、といってもいいかもしれません。

 

また、アイスブレイクの成立には、参加者のモチベーションも大きく影響してきます。(こちらの方が影響が強い)

基本、自分で希望しお金を払っても参加したい!という人たちはいいのですが、不本意な参加をしている方の場合、アイスブレイクは非常に難しくなってきます。

 

良くも悪くもモチベーションによってアイスブレイクは大きく左右されてしまうなと思います。

 

不自然な活動で無理矢理アイスブレイクさせられそうな雰囲気ほど、参加者にとって息苦しいものはありません。

 

結果として気づいたらいつの間にかブレイクしてたね〜。という状況をつくりだすために、アレコレ働きかけをしていきたいなと思っています。

 

 

 

ニーズアセスメント

参加者が「何を」学びたいと思って参加しているのか。

プログラムを展開するにあたり、ワークショップの始めにこれをつかむことが大切です。

 

ニーズは参加者自身が気付いていないレベルのものもあるので、”どんな問いを立てるか”や、話しやすい環境設定(道具を使うとか、グループサイズを工夫するとか)などがファシリテーターには求められます。

 

先生向けのアクティビティを使ったワークショップを開くことが多いのですが、上記のことを考えながら進めています。

 

例えばこんなニーズがあるとします。

1.「アクティビティを学びたい」

2.「アクティビティから学びたい」

3.「アクティビティを通してファシリテーションを学びたい」

4.「アクティビティを教科教育の中に入れるにはどうしたらいいかについて学びたい」

などです。

 

例えば、1のニーズであれば、リフレクションの比率を下げ、ともかくアクティビティを数多く提供するでしょう。

 

ニーズは、どれか一つというわけでもないし、活動しながら変わっていくニーズもあると思います。

それに応じ、ファシリテーターは柔軟にプログラム展開していきます。会話のフレームなどもニーズの変化に合わせて変えていく必要が出てきます。

 

 そのためには、

観て、聞(聴)いて、感じて。

参加者の「今」をキャッチしていくことが大切です。 

 

グランドルールはファシリテーターが提示する!?

ワークショップの場を安心安全な環境にするための方法の一つに、グランドルールというものがあります。

 

ファシリテーターやその会の主催者がプログラムの始めに紙やボードに書いて提示し、説明することが多いです。

(それがないと場がどうなってしまうか、の不安から提示するという人もいます)

 

(そのワークショップの目的にもよりますが)ただ、もし時間的な制約などがある程度自由にきくのであれば、これを参加者から出してもらうのがいいなぁ、と思います。

 

それにより、参加者のそうした場に対する経験や期待、ニーズなどもつかめるからです。

最初の会話のきっかけとして、アイスブレイク的な要素も入りますし。

 

決まったプログラムではなく、参加者の状態を知ったうえで会を進めていくタイプのワークショップでぜひ取り入れてみて欲しい考えです。

エッセンスを抽出する

今の子どもたちは遊び方を知らないとよく耳にします。特に集団での遊び。

 

休み時間の様子を見ると、ドッジボールや鬼ごっこなどはしています。

勝つか負けるか系、運動能力がものをいう系の遊びはするのですが、そこにいる全員がそれぞれの能力で参加を選べたり、一人ひとりに配慮がある設定の遊びはあまり経験したことがないのかなぁ、と見ていて思います。

 

子どもたちからそうした遊びが自発的に出るといいのですが、昔に比べ異年齢交流がなかったり、遊びの経験が少ない子供たちから出てくるのはなかなかない。

 

集団遊びに関しては少し大人がきっかけを作ることも必要かな?と思う今日この頃です。

 

その時にヒントになるのが、昔遊びやアクティビティ。

 

アドベンチャー教育分野で使われているアクティビティはもともとは様々なフィールドで使われていたものが多いのです。

 

アクティビティの要素を分析して見ると、安心安全な環境をつくりながら楽しめるエッセンスが含まれていることに気づきます。

 

それらのエッセンスを既存(ドッジボールや鬼ごっこにも)の遊びに応用してみる。

そうすることで、そこにいる誰もが自分なりのかかわり方で楽しめる遊びに変わっていくのを実感しています。

 

アクティビティをそのまま使ってみるのもいいですが、エッセンスを取り入れる視点を持つことで、汎用性が高まります。